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「発達障害」ってレッテルだけ貼ってもねえ。ってお話。
JUGEMテーマ:手造りおもちゃ


千種区の方で、学習塾と工作教室を運営しながら、不登校だ、学力遅れだとやり始めた頃は、まだ発達障害の知識が今ほど一般的ではなく、学習障害などもまだまだニュースで取り上げられているような段階。よほどの専門書ならどうだったかは分かりませんが、本屋で関連書籍探してもほとんど見当たらない状態で、今ほどネットで色々な情報を得られる時代でもなかったので、言葉だけが独り歩きしているって感じを抱いてました。

発達障害って騒がれたのに続き、今度は学習障害。共に不登校児の支援に取り組んでいるような塾仲間の中には、「そんな、次々、病気のレッテル貼ってどうすんだ!!」って激しく反発する向きも多かったです。

反発するには反発するだけの理由もあって、元々自分も含め「学校には行けなくても勉強はしたいって子等が学習できる環境を」とか、「試験でいい点を取るための勉強じゃなくて、分かる楽しさを教えたり知りたい欲求を満たすような姿勢で教えたら、落ちこぼれなんていなくなる」ってな事を考えながら子どもに勉強を教えていた連中ですから、一斉授業は一斉授業で行いますが、最終的には、ひとりひとりの生徒との一対一の格闘技って状態に。

「何とか、少しでもこの子に、分かる楽しさ教えたい!」と思うと、発達障害うんぬん以前に子ども達の個性は千差万別ですから、計算問題等は飲み込みも早く、能力も高いのに文章題になるとサッパリの子。文字式や方程式、関数等の抽象的な概念が理解できない子。そもそも、深く考えるのが面倒で、ひたすら要領よくやり方を暗記しようってスタンスの子。深く考えず、我流のやり方で、取りあえず、早く答を出そうとする子や、逆に、考え込んでしまって、自信が持てないとなかなか動き出せない子、等々々々…。

どの子にも分かる楽しさを味わってもらおうと考えたら、その子その子に合わせた教え方を考えざるを得ず、色々な教具を考えだし、算数の学習なのに、理科の授業かと勘違いされそうな実験器具を持ちだしたり、その子の学習の進み具合に合わせて専用の学習プリントを用意したり、ひたすら子どもの特性に合わせた指導方法を編み出すための自分の引き出しを広げる事に腐心してましたから、「特定の子を取り上げて、学習障害と診断する事に何か意味があるの?」って気持ちや、「子どもなんてみんな少しずつ得意も不得意も異なるのにどこで線引きするの?」って辺りは、疑問に感じましたね。

現在は、障害の分析や支援の方法も随分整理されてきて、例えば、黒板の字をノートに写す事が出来なかったり極端に時間がかかったりする子がいれば、これまでは本人の性格ややる気の問題、あるいは親のしつけの問題として考えられてきたのが、今では、読み書き障害(ディスクレシア)が疑われるようになってきました。

ディスクレシアは、生れつき音と文字とを結び付けて覚える事が苦手だったり、文字を文字として認識する能力が欠けていたりするため、これまでは理解力には特に問題がないのに学校での授業についていけなかったり、当人も学習に身が入らなかったりといった状態に陥りがちだったのが、今では、モバイル機器等の補助で他の子同様普通に授業を受けられるようになってきてますから、かつて、必死に知恵を絞りながら一緒に学んだ子ども達を思い返すにつけ、「今のように色々な情報があればどうだったかな。もっと違ったアプローチの仕方が出来たかも。」と思ったりします。

日本は、発達障害に関する書籍の出版数が世界でも突出して多いとの統計結果を目にした事がありますが、ただ、残念な事に、誤った知識や不確かな情報に基づくものがかなりの割合を占め、書店でパラパラ関係書籍を眺めても、「自閉症にならない子育て」とか、「発達障害の子に育てないための〇箇条」といったとんでもな内容の本がずらりと並んでいたりする状況が。発達障害に関する情報が広まる事は、これまで、本人の努力や親の育て方の問題とされていた事が、持って生まれた特性でそれに合わせた特別な支援が必要であり、適正な支援が行われれば、不必要な生きづらさを感じなくても済む事、逆にその子ならではの能力を大きく育む可能性すらあるってところがキモなのに、相変わらず親の育て方の問題かのごとき情報を拡散していては、全然意味ないんですがねえ。

もっと残念なのは、子どもの教育に携わる、学校の中で、未だに発達障害に関する知識が充分広がってない事。「板書のノートへの書き写しが出来ない」事が相変わらず本人のやる気の問題で片づけられたり、逆に、自分達の指導がうまくいかない生徒を安易に発達障害で片づけようとする風潮すらあるのは、何ともやりきれないところ。

初めにも書いたように、子どもの特性は千差万別で、文字通りの「普通の子」なんていうものは存在しないのですが、ひとりひとりの事情に合わせるという考え方が学校文化にそもそも欠けている面があるのでねえ。

発達障害に対する認識を調べるアンケート調査で、「発達障害に起因する問題行動か、単なる問題行動かの見極めが難しい」と応えている高校の先生がみえましたが、発達障害うんぬんは別にしても、「単なる問題行動」というもの自体、なかったりするんで、「問題行動」を繰り返す裏には、ちゃんとその子なりの事情や、問題行動を起こす事によって、自分の求める何かを得ようとする、その子なりの目的、戦略があるはずなんで、そこに考えを巡らせないと、ちゃんとした指導もできないと思うんですが。

発達障害に対する知見が一般化してきた事は喜ばしい事で、幼い頃から適切な支援を受け、発達障害に伴う生きづらさを減らす事が出来たケースも増えている半面、当初抱いた「安易に病気にしてどうすんだ?」って懸念が当たってる面もあるのは悲しい事です。

社会の仕組みの問題ももちろんありますが、思い違いやとんでもな情報を拡散させないためにも、情報発信も大事ですが、先ずは自分自身もっと勉強しなくてはねエ。寄る年並みの問題もありますが(笑)、諦めずに、頑張るべエ。


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少し前から、学習の指導も始めました。「子ども達に分かる楽しさを知ってもらおう」という趣旨で、学習や学校生活でのお悩み相談にも応じておりますので、お困りの事等を抱えておいでの方は、特に費用等は頂きませんので、お気軽にご連絡を。

※ツイッターアカウントは @dorasuky
author:Uncle K, category:子供の時間, 21:51
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