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経験値の空洞化について少々
JUGEMテーマ:手造りおもちゃ


自分の子ども時代に染みついたイメージから、運動会っていうとつい「秋」を連想してしまうんですが、今の小中学校では春に行うところが多いのか、この時期鳥の調査等で雨池や平和公園等を歩いていると、運動会の練習で、スピーカーを通して先生の指示が大音量で流れてくるのを耳にする事が多いです。

「土日がお休みになって、授業時数の確保が」とか議論になってる割に、こういう行事の練習ってけっこうたっぷり時間が確保してあって、「本番で失敗して学校の恥にならんよう、指導を徹底させるのも大変だよな」と、先生の苦労に同情しつつも、「『教室にじっと座って授業受けてるより、こっちの方がよほど』ってタイプの子達にとっては嬉しいだろうけど、こういうの苦手な子もいるからな」と、要らぬ心配をしてみたり。

自分の子どもの運動会(体育祭)もはるか昔の話で、そんなのとはすっかり縁遠くなってかなり経ちますが、一時期、「危ないから」って理由で、棒倒しや騎馬戦等が次々廃止になった時期があって、それはそれで議論を呼んだんですが、逆に相変わらず「組み立て体操(全国的には組体操の方が一般的みたい)」あたりを運動会の目玉として力を入れている学校が多いって事をTwitter等で最近知って、ちょっと驚きました。

「10段」のピラミッドなんて光景を写真で見るにつけ、「棒倒しや騎馬戦なんぞより、よほど危ないじゃん」とか思うんですが、案の定、「【緊急提言】組体操は,やめたほうがよい。…<組体操事故の実態>」 なんて提言をブログを通して発信している方がみえたりして、こちらはこちらで議論となっているようです。

当のブログのコメント欄や、Twitter上の賛否を拾うと、「やめるべき」って提言に賛成する側の主張は、運動会等行う機会が限られる割に突出して事故件数が多い事や、障害が残る重大事故も何度か発生している事から、当然ながら「体力不足や経験不足が問題となっている今の児童には危険すぎる」とか「そんな危険を冒してまで行う必要があるのか」って内容。

一方、それに対する反論の方は、大まかにまとめると「危ないからって、あれもだめ!これもだめ!って禁止するだけじゃ、何もできない子どもに育っちゃう」といったところ。
これ、自分が日頃主張している事だけに、正面切って否定はしにくいところではありますが。

ただ、学校がこういったのに力を入れるのは、ぶっちゃけた話、「我が校は、こんなにしっかり指導してます」と誇示したい、謂わば学校の見栄。

少し前にNHKも番組で取り上げていたように、しゃがめない、四つん這いの姿勢で手で身体を支える事ができない等、子ども達の基礎体力の不足は、目を覆うほどの状況。そんな状態で、事前に基礎体力の不足を補うような取組みも特に行わないまま、運動会が盛り上がるからって、いきなり「10段タワー」や「10段ピラミッド」を持って来るのはいかにも乱暴過ぎるように。

「そんな危険を冒してまで」って意見が出るのも無理からぬ状況と言えるのは確かと。

けっこう、「組み立て体操」自体には、「学校時代のいい想い出」とか「クラスの絆が深まった」とか肯定的な感想を持って見える方も多いようですが、個人的には、さして身体も大きくなくどちらかと言えば運動音痴だった割に、毎度、一番下ばっかりで、肩車なんて自分よりでかい合い方を担ぐ役だったりした事から、「なんで、俺はいつも下ばっかなのっ!」って恨みの感情しか。間違っても「絆が深まる」なんて感想を抱いた事は一度もありません(キッパリ!(笑))。

「0歳からの触って遊べる知育玩具」っていうんで覗いてみると、スマホのアプリばかりずらりと並んでいたりする時代で、保護者へのアンケの回答見ても、3歳児、5歳児の頃から、遊びの中心がDVDでアニメを見たり、スマホやWiiのゲームだったりって子どもも多いですから、基礎体力や運動能力の不足も、TVで示されるまでもなく、こちらの想像を超えるレベルにある事は、子ども世界にある程度通じた人間なら容易に想像できる状況ですから、いきなり運動会(体育祭)で派手なパフォーマンスっていう話じゃなくて、毎日、1時間は、鬼ごっこや木登り等、基礎体力を上げるような活動にあてるとか、低学年から地道に取り組むぐらいの事でもやってくれるといいんですが。

「あれもだめ!これもだめ!」って話で言えば、ナイフや小刀辺りの刃物や爆竹等昔の子どもの遊びの定番がすっかり子どもの周囲から遠ざけられてるって程度の認識は持っていましたが、先頃、「今は、火(あるいは「炎」)を生れてから一度も目にした事がないって子が増えている」って話を聞いて、「そこまでは想像していなかったなあ」とちょっと不意打ちを喰らった気がしましたが、確かに考えてみれば、「オール電化」の家で育った子なら、5年生あたりに学校から行くキャンプの飯ごう炊飯で初めて火が燃えるのを目にした、なんて事も十分あり得る話。

教育現場では、遊びや日常生活を通した子どもの経験がバーチャルな方面に偏ったごく狭い範囲の中に限られ空洞化が進んでいるといった問題は、直ぐに基礎体力や運動能力の不足といった方面に結び付けて議論されますが、遊びの不足や生活経験の不足で足りなくなるのは、なにも体力面や運動面ばかりじゃなく、同時に「心の柔軟性」も欠けてしまうわけで、深刻なのはむしろこちらの方だと思うんですがねエ。

よく言われる「使えない英語」教育の問題も、よくよく見れば英語の問題以前に「コミュニケーション能力」が不足してた、なんて例もあるわけで、日常生活で充分にそういった部分の発達を促す活動が得られないのなら、教育の場で補う方策を導入するような議論がもっとあっていいように思うんですが、ささいな偏差値の上下には敏感に反応する割に、「深刻」ってレベル通り越して「悲惨」ってレベルに達しているように見える、遊びや生活経験の方の問題は、イマイチ軽く見られちゃうんですよね。

巷じゃ、けっこう問題視してる方は多いんですがねエ(ため息)。


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※ツイッターアカウントは @dorasuky
author:Uncle K, category:子供の時間, 18:39
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